ほっぺもお手々も真っ赤です。
ハア〜と息をかけて。。。
お顔が豆粒大なので
描くの苦労しました(汗)
表情出てるでしょうか〜?
。。。。。
昭和30年代のある夕ぐれ
ふと気がつくと 私は母親と
雪国へ向かうSLに乗っていました。
父と母が派手なケンカをして。。。
θ\( ・_・) スリッパ飛ばし( ・_・)ノポイ θ(x_x)いてっ!
とうりゃぁ!!o(・ロ・)○()o×)/ばきぃっ!!
。。。
母が私を連れて家出をしてしまったのです。
20才そこそこで私や弟を生み
舅、姑、小姑の一族郎等に囲まれて
父の書店経営を手伝い
従業員にも気を使い
子供が小さいうちは
店を閉めても
私の手を引き 年子の弟をおんぶして
銭湯へいく毎日。。。
朝は本の入荷があるので
まだ暗いうちに起床
家事 育児にも
ほとほと疲れていたので
日頃のうっぷんが爆発したのでしょうか。。。
らいだぁぁぁぁ きーっく! \\(0\0)┌θ☆(#/__)/グヘッ
。。。
ちょうど晩秋の時期だったと思います。
私はまだ小学校の低学年。
見なれない窓の景色や
蒸気機関車の巨大な煙を見ながら
私ははしゃいだ気分でしたが
母は向かいに座った女性と
一言二言世間話をかわして
あとは押し黙っていました。
そのうちに母の膝に頭をのせて
眠ってしまった私。。。
次に思い出すのは
たどり着いた母の姉の家で食べた
おいしいお米のご飯。
なんだかお腹がペコペコだった私は
「こんなにおいしいご飯が食べられていいな〜
この家の子になりたい!」
と思ったものです。
それから
優しい伯父さんが釣ってきて
囲炉裏で焼いてくれた 川魚の味
やたらしょっぱいけど
とても味があって
「川で釣りが出来ていいな〜
囲炉裏があっていいな〜」と
私はうらやましくて仕方ありませんでした。
年下の従妹とすぐにうちとけた私は
一緒に庭の柿の実を取りました。
棒でたたいたのか 拾ったのか
覚えていませんが とにかく
鈴なりの柿はとても甘くて
忘れられない味でした。
「毎日こんなに柿が食べられていいな〜」
とわたしはまたもや羨望のため息。
それにしても
どうしてこう食べ物ばかり
覚えているのでしょうか(笑)
(>▽<;;
子供の私には
大人達が何を考えていたのか
全く知る由もなかったのですが
伯父と伯母のさりげない心遣いで
目が覚めたのか 数日で
母は私を連れてもどりました。
それから 数ヶ月か何年かたってからか
覚えていませんが
伯母が従妹と弟の写真を送ってきました。
小さな白黒写真を
今でも鮮明に覚えています。
背景は真っ白な雪景色。。。
そして二人は
可愛らしい雪ぐつ(藁ぐつ)を
はいていました。
それを見た私は またもや
「こんなに雪があっていいな〜
藁ぐつはけていいな〜〜」と
心の底から羨ましく思ったのでした。。。
(雪国の人の苦労もしらずに)
翌年妹が生まれ
それからというもの
母は金輪際 家出はしませんでした。
伯父も伯母も もはや
この世の人ではありませんが
懐かしい雪国での体験は
今でも鮮明に焼きついています。
特に食べ物が。。。(笑)
。。。。。
そんな遠い日の事を思い出しながら
雪ん子のブローチ作ってみました♪
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
今日もお読みいただきありがとうございます。
お手をわずらわせて申し訳ありません。
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